発症時の症状
WTさん
(2009.1)
当時(1982年頃)はインターフェロンを始める方が出てきたところで、1クールやったが、高熱が続いたりで、体力的にダメだろうということですぐに止めました。今はイソプリノシンもやっていません。栄養剤や痙攣剤だけです。
YKさん
(2009.8)
イソプリノシン
グロブリン
ヒルトニン
発病10年後からインターフェロン(髄注)
MIさん
(2009.8)
診断がついて一年くらいたったころにインターフェロンにたどり着き(1987年頃)髄注でのインターフェロンとヒルトニンの併用治療が始まりました。治療が始まって3か月した頃から首が座ってきてよだれも止まってきました。徐々に症状が上向きになり一年半後には会話、食事も自分で出来、長時間の歩行もできるようになりました。
MOさん
(2010.1)
当時の国立小児病院の二瓶先生にイソプリノシンを教えていただきました。トランスファクターやインターフェロンによる治療は副作用がきついと聞いていたので本人に負担がかかると思いしませんでした。
YOさん
(2010.4)
6年前から人工呼吸器です。それからは病気知らずです。腎不全を起こしたときに止めたインターフェロンをはじめ現在はイソプリノシンも何も飲んでいません。止めても良くも悪くもなりませんでした。
KHさん
(2010.4)
イソプリだけでは思わしくなくてインターフェロンを始めました。髄注です。
NKさん
(2010.7)
インターフェロンは後の高熱と発作がひどく改善の兆しが見えないと判断して1,2か月で止めました。呼吸や唾液の飲み込みも悪くなって気切しました。気切後は呼吸がずっと落ちついてきました。
YYさん
(2010.7)
インターフェロンが効いたと思います。副作用は強かったですが『二歩下がって三歩進む』という感じでした。ずっと髄注でしたが高3の時にオンマイヤーにしました。呼吸器をつけてからは中止しています。
KMさん
(2011.1)
最初の頃はイソプリノシンだけでしたが徐々に進行して数か月後にインターフェロンを始めました。すると一年くらいでミオクローヌスもなくなり進行が遅くなった印象がありました。オンマイヤーでのインターフェロン投与の話も出ましたが細菌感染の危険もあるということで髄注でずっとやっていました。でも背中からやるのは親としてみていられなかったですね、かわいそうで…。
KKさん
(2011.5)
インターフェロンを最初は100万単位を週1回、3週目から300万単位を週3回で10週続けました。でも症状の改善が見られないということで600万単位を週2回にして13週続けました。すると肝機能が異常に悪くなってしまったので600万単位を週1回に見直して187週続けました。当時はインターフェロンに保険が効かない時代でしたから費用の面では大変でした。
COさん
(2011.5)
インターフェロンの一週間集中投与を開始し、大きく落ち込みましたが、歩ける、走れるようになりました。
NKさん
(2011.8)
インターフェロンの治療を始めましたが効果が出ないような感じだったので1年間で止めました。現在はイソプリノシンを中心に抗痙攣薬を飲んでいます。
TKさん
(2011.1)
診断後約2年でインターフェロンの髄注を始めました。インターフェロンを始めて2年後に痙攣が無くなり身の周りのことが出来始めました。現在も髄注で300万単位を入れています。一晩熱が出て座薬を使いますが、翌々日には作業所に行っています。
YMさん
(2012.5)
当時インターフェロンは治験でしたので、3か月後から大学病院に入院して受けました。最初からオンマイヤーです。髄膜炎などの感染症にかかったことは一度もありません。週2回200万単位をやっていました。最初は変化がなくて、徐々に悪くなっていくようでした。でも10月頃から枕もとを歩く人や物音に対して目で追うようになって表情も少しずつ出てきました。
YFさん
(2013.9)
イソプリノシンとインターフェロン、最初は髄注でしたが後にオンマイヤーにすることも本人が決めました。
SHさん
(2012.1)
発症時の治療はオンマイヤの手術もしてリバビリンを1回打ちましたが発熱がひどくて先生の意向で1回で止めることになりました。せっかくインターフェロンとリバビリンを送ってくれた人がいたのに残念でした。今でもあの時もっと治療で来ていれば今の病状ももっと良くなっていたかもしれないと思います。
TSさん
(2013.9)
3年間入院してインターフェロンとリバビリンの治療をしました。でも結局インターフェロンもリバビリンも効かなかった。副作用がひどくて寝ている時間が長くてこういう生活でいいのかと思っていた矢先に呼吸不全になりそれをきっかけにインターフェロンもリバビリンも止めました。
YKさん
(2013.9)
すぐにインターフェロンβを最初は髄注1週間後にオンマイヤを留置して300万単位を週に数回、間を開けて休む、を繰り返す治療法を開始しました。
YTさん
(2013.9)
成育へ転院してインターフェロンの治療を開始。インターフェロン治療を行えば今の状態が維持されると信じていたが“話せなくなる・歩けなくなる”と状態がどんどん悪くなっていきました。腰椎からのインターフェロン治療は本人の負担が大きいとリザーバーを留置し、300万単位/週間の治療を開始。インターフェロンはαからβに、そして又αに変えて治療を続けています。その他はハイセレニン。最近はセルシン、フェノバール。ボトックス治療も最近始めました。(筋緊張が強い為)
閉じる
閉じる 閉じる